4 件 見つかりました。
祝! mimitako.net オープン![2005-03-14-1]
(2005.3)
<http://mimitako.net/>
再起業に向けて: 先輩たちの教え - 個人の能力は学校の成績と関係ない!?
<http://www.hudsoneast.net/blog/archives/break/advise.html>
(via <http://kengo.preston-net.com/archives/001824.shtml>)
彼は突然、テーブルの上に紙を取り出してグラフを書き始めた。
そして続けた。
「学校の成績がオール5の奴と成績が凸凹の奴がいるだろう。そいつをこ
んな風にグラフにして、こうやって線を引っ張るわけ。でその線を伸ばし
てみるとね。凸凹の奴の方が長いのよ。落差が大きいほうが面白いんだ」
それがこのようなグラフ。

勿論、この線一本で全てを語ることは出来ないが、人の成長の過程で、勉
強だけでなく人から学ぶことは非常に多い。人と接することを避け、部屋
にこもりがむしゃらに勉強し、トップの成績をとっても社会では1人では
生きてはいけない。
彼の言葉の「落差」とは、心の振幅であるように思う。人と接し、喜び、
悩み、悲しみ、そして楽しむ事を通じて、人が成長することは間違いない。
昔の人は良い事を言ったもだ。「よく遊び、よく学べ」
そもそも、「体育」や「家庭科」も5の「オール5」の人は部屋にこもって
がむしゃらに勉強なんてしないと思う。あんまり勉強しなくても成績は良
い...というパターンが多いかと。ドラえもんに出てくる出来杉君みたい
な感じかな。協調性のないガリベン君のイメージとは違いそう。
オール3の人と凸凹の人を比べるのなら話は良く分かる。
「自分の強みと弱みを認識し...」という自己啓発の基本中の基本のお話。
平均的な能力の持ち主よりも、ある一点に関してはものすごい能力を持っ
ている(他は低かったりするけど)人の方が面白い。落差が大きい、つま
り、極端な人ほど面白い。というのが定説かと。(でも、面白い人が良い
人かっていうとそれは別問題)

ともかく、学校の成績をこういうことの例えに使うのはあまり良くないな、
と思った。「学校での成績の良い人」に対するステレオタイプとかもから
んでくるし。
あと、落差中心で考えると、オール1の人はまったく救いがない。
伸びる余地がたくさんあるからツイてるのかな。

もちろん、オール5の人も伸びる余地はいくらでもあると思う。
つまり、学校の成績は上限があるけど、社会に出れば無制限。
伸びにくくはあるだろうけど。
D.A.ノーマン著「テクノロジー・ウォッチング![]()
」[2003-08-10-2]より:
私は悪いデザインを見つけるための経験則を持っている。注意書きの貼り紙を探すことだ。使い方を書いた貼り紙を見たときはいつも、そこがへたにデザインされた部分なのである。(p.27)
某所のエレベーターの中に貼り紙発見! 曰く、
開延長を押すと 閉まりません 押したら閉るを 押してください

出たー!バッドデザイン。なんで「延長」なのに閉まらなくなるのか!?
だからさあ、そもそもエレベータの開くボタンなんてものはだね、うだうだねちねち... → 以下蒸し返しゆえ[2004-03-20-3]へどうぞ。
先日のWikiばな[2005-03-12-1]で発表者に一本ずつ配られた薔薇の花。
これがかわいい。Wikiばなから帰宅したときはショボーンとしていたのだが、
ポット(花瓶がないので...)に差して、ダブルクリップで固定しておいたら、
みるみる元気になった。縮こまっていた花も華麗に開いた! 愛着がわき
ます。



(写真:13日昼→13日夜→15日朝)
「星の王子様![]()
」[2004-09-13-4]の気持ちが分かります。
<http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/pbSTexupery.htm>
彼の星には1本のプライドが高く、気むずかしいバラの花が咲いていて、
王子さまは、彼女を愛しながらも、彼女のわがままぶりに疲れ、星から逃
げ出してしまったのだった。
王子さまは言います。「だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いてい
る、たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をなが
めるだけで、しあわせになれるんだ。そして、<ぼくのすきな花が、どこ
かにある>と思っているんだ。」
それはそうと、黄色いバラの花言葉って「薄らぐ愛・恋に飽きた・別れよ
う、誠意がない、不貞、嫉妬」みたいなネガティブなのが目立つ。
<http://www.j-area2.com/flower/rose/message.html>
むむむむ。黄色いバラ、きれいで良いのになあ...。
たつをの ChangeLog